教師になることは私の中学生の時からの夢であり、大学4年生の夏、私は教員採用試験を受験しました。しかしこの試験は残念な結果に終わりました。これが、私の人生における初めての大きな挫折となりました。
今まで、学校生活や部活動をはじめ、試験での失敗の経験も少なく、大きな挫折を味わわずに過ごしてきました。私は「今まで通りきっと大丈夫だろう」という気持ちで本番に挑みました。しかしその結果、合格者一覧に私の受験番号はなく、補欠合格者一覧の方に私の番号が載っていました。どうしてダメだったのだろう。私は自分の試験のことを思い返しました。すると、集団面接で周囲の受験者に押されてうまく意見を言えなかったこと、個人面接では、自分らしい「教職に対する思い」が試験官に伝わるように回答ができなかったことが不合格につながったのではないかと自分の中で整理できました。面接で印象の良い回答や回答するべきとされる事柄を重視するあまり、自分の内にあるものをしっかりと伝える意識が薄くなってしまいました。このことから、もっと自分の「本音」で人に接するという今後の課題が明らかになってきました。失敗を通して自分のことを冷静に振り返ることで、本当に自分に足りないことが何かに気が付くことができました。
社会人への第一歩というタイミングでの初めての失敗にショックを受けましたが、そのショック以上に自分の中で衝撃だったことがありました。それは、自分の周りには、自分を大切にしてくれる人がたくさんいるということです。私は今まで周りの人に強く心配される経験がほとんどなかったので、この失敗に対して、周囲のたくさんの人たちが揃って励ましの声をかけてくれたり気を遣ってくれたりすることがとても新鮮でした。この失敗を通して、様々な友人、教授、アルバイトの方々、教育実習先の先生方、親戚や家族など私の周りの色々な人が「自分のことを思ってくれる存在で、味方でいてくれる存在」であることに改めて気が付きました。また、励ましてくれたうえで、具体的な相談に乗ったり、本音で話したりしてくれる人もいました。優しい言葉をかけてもらえるだけでなく、本音で自分と向き合ってくれる存在がいるということは、私にとってとても心強く、挫折に負けずに前を向くパワーになっています。本音を通した、人との深い繋がりが生み出す力と、その尊さを強く実感した機会になりました。
この経験によって、私の目指す教師像にも変化がありました。もともと私は「子どもの居場所をつくれる教師であること」を目指したい教師の在り方の1つにしていました。子どもの居場所をつくる、つまり子どもたちが「この先生は自分を受け入れてくれる」と感じられるようにするということですが、このためには、子どもと教師が本音を話せる関係を築く必要があります。まずは、自分が本音で語り、接することが、そのような関係を築くためには何より大切です。「本音で接する」ということは、理想の教師像に向かっていく中で、自身の原点となるようなテーマになったと思います。
また今回の経験から、目指したい教師像が新たに1つ見つかりました。それは、うまくいかなかったとき、失敗したとき、その子どもの背中を押せる教師になること、また、誰かの背中を押せる子どもを育てることです。私は「できなかった」というより、未だ「できない」の中にいる状態ですが、いつかこの挫折を、できなかった経験として人生の糧にできるように、人との繋がりに感謝しながら、教師を目指して前に進んでいきます。